卯月書庫

卯月書庫 ―Hero's Life2―

マンガ・小説・etc.の読書解釈文ブログ

【天地の間】問答 ―5

 

 罵るキシュナの怒りは容易には収まらなかった。

彼女が姫若を罵るのは、

 

「龍の因子を覚醒させた者は大社が面倒をみる」

 

と彼が言ったからだ。

だがそれは真実ではなく、

龍自らが面倒を見ていたのなら、

キシュナの中では話しが違ってくる。

 

「おい、キシュナ! 止まれ! 春をおいてってる!」

 

 立ち止まってしまった春と、

ずんずんと先を行くキシュナとの間に挟まれて、

梅麻呂は必死に彼女の足を止めようと叫ぶが、

キシュナはまるで止まる気がない。

梅麻呂はどちらの手を取るかしばし逡巡したが、

広大な砂の大地で三人はぐれるわけにはいかないと

キシュナの足を止める選択をした。

 

 歩みを止めない彼女の腕を掴みとり、

無理矢理足を止めさせる。

 

「何をふてくされてんだ? 姫若様がどうした?」

 

 聞いても彼女は答えないから、軽く頬をひっぱたく。

怒りの世界から自分たちの世界へ連れ戻すために。

 

「しっかりしろよ。今のてめぇじゃあ、

侵攻しないなんて信じられねぇぞ」

 

 梅麻呂の言葉に恥を知ったか。

キシュナははっとして彼に一言謝った。

彼女の足は完全に止まった。

 

「すまなかった……

自らの怒りを制御できぬものに

大精霊を制御できるなどと、誰も信じないよな」

 

「そういうことよ。それで、春が追いつくのを待つか? 

今のうちにぶちまけるか? 俺はどっちでもいいぞ」

 

 にやりと笑う梅麻呂に、

知らずキシュナは甘える選択をした。

我慢していた涙がこぼれ落ちるように、

彼女の口からポロポロと言葉が落ちていく。

 

「エデンには今、龍の因子を覚醒させた人が一人いる」

 

「……ギルベルト様、だよな」

 

「そうだ。兄上の花属性の力は

竜ではなく龍の因子だ。だけど、

兄上の力の面倒を見てくれるやつなんて、

ただの一人も現れたことはない。

龍の力の扱い方を、兄上に教えてくれる者など、

誰もいなかったんだ」

 

 ギルベルトは自らで、神の力を制御した。

春にできなかったことを彼はやってのけて、

暴走一つ起こさず、今なお完璧に

身の内に宿る力をコントロールしている。

ただただギルベルトへの

やるせなさにも似た諦めを高めるばかりだが、

それは見方を変えれば、

龍に見捨てられたということに他ならない。

 

「龍は、兄上を守る気などさらさらないということだろう? 

兄上の、人間にはすぎたる力が、

春が引き起こしたような惨劇をもたらそうとも、

龍は知らぬ存ぜぬ関係ないと。

そういうことではないのか? 

我々は、エデンは……龍に見捨てられている……

創造主に見捨てられているのだ」

 

 かつてどこかで、

キシュナの心はそれを思った。

だがどこかでそれを否定して、違いに目を向けて、

底の底に押し隠して、澱の中に沈めて、

神に嘆願しようと思ったのだ。

神に、願おうと思ったのだ。

大精霊と一つになれば叶えてもらえると信じて。

 

「愚かな……こんな身になってまで……

本当に愚かだ……見捨てた者の願いなど、

どうあっても聞いてはくれまいに……」

 

 キシュナは唇を噛みしめる。

血が流れるのも気にせずに、強く。

 

 願いは弾劾へ、弾劾が断罪へと変わっていく。

 

 それを押しとどめたのは梅麻呂の一言だった。

 

「ルークスだったんじゃないのか? 

エデンで、龍の因子を覚醒させた者を教え導く者は、

ルークスだったんじゃないのか?」

 

 疑問を口にしているようでいて、

梅麻呂の声音には確信めいた響きがある。

彼の中で、一つの結論が導き出されているかのように。

 

「エデンに龍が干渉しないのは、

東と西で神が分かれたからだ。

龍は全ての始祖かもしれないが、

それが分かれた以上は、

それぞれの種の生き方を尊重したんじゃねぇのか?

 

 龍が干渉しないのは何もエデンだけじゃない。

西側の地は軒並み龍の伝承がない。海底国もな、

龍神として崇められている蒼波という神は、

東からやってきて、西の、

オルカディロスとは海の底で出会ったんだ。

オルカディロスにはもともと、

庇護してくれる者など存在していない。

彼らは彼ら自身の力で海を渡ってきた。

何の助けも得ていなかったんだ」

 

 そして遊海民にも、島人にも、

海の民にも龍神伝承はない。

それがあるのは葦原だけ。

蒼波の伝承は龍魚がもたらし、

龍を神と崇めるのは山界だ。

世界の東側にしか、龍は存在していない。

 

「西には西の神、竜がいて、

なおかつエデン人はその西の神から分かたれた。

ならば面倒を見るのは竜のほうが筋が通ってる。

そう思わないか? 

大精霊が竜ならば、

五大がルークスに忠誠を誓っていたのならば、

ルークスが面倒をみるのが妥当であると。

そういう遠慮が龍にはあるんじゃないのか?」

 

 梅麻呂が導き出した答えに、

キシュナはただ混乱した。

渦がうねりをあげて何もかもを巻き込んでいくように、

湧いて出てくる言葉たちが

片っ端から波に呑まれて現れて、

また呑まれていく。

 

 ぐるぐると定まらぬ言葉たち。

 

 見捨てられた。神の遠慮。違い。願い。西と東と。

それぞれの神と。

弾劾。ルークス。

ギルベルトの言葉。

談判。

 

 くずおれるようにキシュナの膝が折れた。

何もかもを遮断するかのように身を丸めて、

一人世界に閉じこもる。

 

 梅麻呂が春を連れてくるまで、

キシュナはずっとそうしていた。

 

  

 

 

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【天地の間】問答―4

 

 明けた空とは裏腹に、

キシュナの精神は大不調を迎えていた。

龍の話しをしたことでイグニスが暴れたと、

苦しげに春たちに告げる。

まだ話しをしようとしたので一旦落ち着いてからと、

フェルナンドに託されていた薬を飲ませ眠りにつかせた。

エデンの薬は葦原のそれよりも遙かに効力が良い。

これもまた、見えない者と見える者が

共存するからこその技術なのだろう。

目に見える傷はルークスが癒やし、

見えない病は人間が治す。

 

「イグニスは龍のことを、

戦いを厭う軟弱者だと喚いていた。

戦闘を好む者たちはみな、西に追いやられたのだと。

ルークスは国をつくる許可をくれたんだと言っているがな。

きかん気な坊主みたいに聞きゃしない」

 

 目覚めたキシュナは

少しやつれてはいるもののいつもの彼女で、

まだ休むべきだという春の言葉には頷かなかった。

 

「お前心配しすぎだ。

病気になったわけじゃないんだから、

とっとと行くぞ」

 

「その疲労が病を呼び込むんですよ」

 

「呼び込もうとも私は歩くぞ。

一歩でも二歩でも進んだ分だけ、距離は稼げるんだ」

 

 そう言ってどんどんと歩いて行ってしまうキシュナを

仕方なしに春と梅麻呂は追いかける。

時折苦しげに顔を歪める彼女に

春はやはりと心配げに手を差し伸べるが、

梅麻呂はそうではなかった。

彼にはキシュナの体調以外の心配事を

彼女に見出していた。

 

「これからお前は実際に龍に会い嘆願するというのに、

ただ話しに出てきただけで暴れ出す大精霊を、

お前は制御できるのか? お前に対抗できるのか? 

龍を前にして暴れ出さないように抑えておけるのか? 

彼らにお前自身が支配されることはないのか?」

 

 梅麻呂の手には筆と紙。

 

 龍は、葦原の東側にいる。

龍山を超えたその先にいる。

葦原を通らねば彼らには会えないが、

その道筋で、葦原の中で、

大精霊が興奮し暴れ出したら。

キシュナがそれに負けたら。

葦原に、災禍がもたらされる。

 

「勝つ。私は私でありつづける」

 

 唇を噛みしめて、宣言したキシュナの、

声にはまだ強く固い彼女の意志が宿っている。

 

 しかしキシュナは自分のほうが支配されてしまうことを、

否定しなかった。それを梅麻呂がどう受け取ったのか、

春にはわからない。

「そうか……」と一言だけ返して、

梅麻呂は何かを書き付け姫若に送った。

 

 しばらく無言で歩き続ける三人の前に、それは唐突に現れた。

 

 さらさらと水を流すような音。

暗がりの木立は終わりを告げて、

黄金色に輝く大地が彼らの前に広がっていた。

どこまでも果てなく、太陽の熱を浴びる砂の海原。

 

「なんだこれすげぇ! 砂しかねえ。そして熱い。太陽が熱い!」

 

「すごいサラッサラだぞ! 大地が! 

気持ちよく寝られるのか? どうなんだ?」

 

 先ほどまでの睨み合いなどどこ吹く風で、

やんややんやとはしゃぎ出す二人を尻目に、

春は地平線の彼方に思いをはせる。

 

「この先に、西の神がいる……」

 

 書物の中でしか知らなかった景色を

今、目の当たりにしている。

胸躍らせた英雄の物語の中に

今、自分は立っている。

不可思議な心持ち。それが二人にも伝播したのか。

 

「行こうか」

 

 春の背を叩き歩き出す梅麻呂はウインクをかまし

同じく春の背を叩き風を切るように歩き出すキシュナは

親指を掲げた。まるで自身が英雄になったかのように、

かっこつける彼らに「やめてください」と呆れながらも、

春は勇ましく砂の大地を踏みしめた。

 

 しばらくは初めての土地を

あれこれ語り合っていた三人だが、

話題は再びキシュナの中の大精霊へと戻っていく。

 

「イグニスはなぜ軟弱者などと龍を罵ったんだ? 

俺たちの力や神の神気を鑑みるに、

龍とて相当な力の持ち主だろ? 

そもそもが創造主であり地上全ての祖であるんだから」

 

「戦うことが全ての竜にとっては、

それを忌み嫌う者は軟弱だと罵る対象になる。

それに加えて、龍から竜へと分かたれたと言ったが、

そのときにはもう龍は人型をとっていたそうだ。

となれば姿形はかなりの差がある。

それも龍が竜を恐れた一因であろうし、

イグニス的には、

自らの意志で人型を選んだのに

我らを恐れるとは何事かって、そんなところらしい」

 

「人型……」

 

 キシュナの言葉の中のなんてことは無い一言に、

春の中で、渦のように記憶が回り出す。

 

 春は思い出した。漸くに思い出した。

 

 幼い頃に笛を教えてくれた男。

禁域であるはずの山の中で、

春にだけ笛を教えてくれた男。

龍笛を教えてくれた男。

 

 彼は村の人間ではなかった。

どこから来てどこへ帰って行くのか、

春は知らない。知らないことに今気づいた。

なんの疑問も抱かずに、自分は当たり前のように

彼から笛を習っていた。

自分が笛を吹けることすら今の今まで忘れていた。

 

 龍の因子を覚醒させた者は龍が面倒を見る。

 

 姫若はそう言っていなかったか。

あの男は自分に、ただ奏法を教えたのではない。

 

「どうした?」

 

「あ、いえ。人型の龍で思い出したことがあって……

男が一人、私の面倒を見に

禁域の山中へやってきていたのです。

龍山の麓の、禁域の山に……笛を……教えに……」

 

 あの餓鬼とキシュナが罵る声は彼方に消えた。

 

 ――どうやって自分は笛を習っていた。

 

 春の中で徐々に記憶が紐解かれていく。

恐れのあまりに封じたモノが解かれていく。

 

 男は首飾りを触っていた。

春が笛を吹く前に必ず、首飾りから一つ石をぬいていた。

そうやって吹く笛は、どこまでも澄み渡り、どこまでも清浄で……

神の庭を思わせる空気をもった音色だと、

春は今ならわかる。

 

 あれは力を操るためのもの。

己の身の内に宿る、人間には過ぎたる力を制御できるように。

そのために男は春に笛を教えた。教えに来てそして……

忠告をしていた。春に、

彼と一緒にいるときでなければ、

首飾りの玉を外してはいけないと、

そう男はいった。

 

 それを春は、自らの意志で、背いたのだ。

 

 自らの判断で、玉をはずした。

 己の恐怖に負けて。

 背いて、人間に玉を外させて、そして、音を外した。

 力の制御を誤ったのだ。

 

「失敗したんだ……俺が、失敗した」

 

 全ては春の過ちが引き起こしたこと。

 

 村人を村を消し去ったのも、

 彼らの存在ごと葬ったのも、

 

 春が失敗したからだ。

 

 力が、やったのではない。

 春が、やったのだ。

 

 得たいのしれないモノが、

 やったのではなかった。

 

 春が、やったのだ。

 

 春が、自らの意志で制御を試み、

 春が、失敗した。

 だから力は暴走した。

 

「そうだ。これは、まごうことなき俺の力。

俺の……力だ……初めから、俺の力だった」

 

 春は今、漸くにして、

自らの力を自らのものであると認めた。

この力を含めて自分なのだと、

春は今、認めたのだ。

 

 認めると同時に恐怖は消えて。

 

 立ちはだかる悔恨が、春の行く手を遮った。

 

 

 

 

 

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【天地の間】問答 ―3

 

 樹木を通して幾筋もの光が、

春たちの行く手を照らし出してはいたが、

それでも森の奥深くへと進むにつれて、

なんともいえぬ不快な気配が色を濃くしていった。

 

 黄金色の筋はそののちに紅を引き始め、

木立を草場の影へと変じていく。

むわっとする臭気が時折鼻を突き刺すように感じて、

あたりを探るが、木立の暗がりには何もない。

何もないはずだ。少なくとも春には見えない。

 

ディアボロスに目をつけられたかな……」

 

 ぽつりとキシュナからこぼれた

不穏な響きに、春の背を汗が伝う。

先を行く彼女の足が止まり、今日はここまでと告げて

三人は背負った荷を降ろして腰を落ち着けた。

途端、紅がどんどんと薄まっていき、

暗がりが春たちを取り囲むように迫り来る。

道々集めていた枯れ枝に梅麻呂が火をつけると、

闇は色を濃くしたが春たちからは遠のいていった。

 

ディアボロスって見えるんですか? お二人には?」

 

「見える、というよりは、

何かがそこにいると確かに感じる、

という類いのものだな。

目をやると何もいないが、暗い影のようなものが

終始つきまとっているような確信を持つ。

お前はどうだ? より感じるんじゃないか? 

特に今は」

 

「蠢く何かを感じます。

気のせいだと思いたいくらいには不愉快な感覚です」

 

 悪魔や鬼や得体の知れない何か。

物語の中でそれらが出てくる度に感じた背を這う悪寒。

春は今、現実の世界で、それを感じている。

色濃く深い闇の中に、

自分を付け回し見つめている何かがいる。

 

「受ける感じから察するに、

これも言葉が違うだけで

葦原の鬼と同様のものだろうな。

もしかしたらサレモスも……」

 

 春の脳裏にすさまじいまでの腐敗臭と汚物の匂いが蘇る。

自分たちは今、鬼の道にいるのだろうか。

死の翳りも匂いも感じなかったのに。

そもそも冗悟はいないのに。

 

「鬼ならば人を神の子を喰うはず……

どこかで蠢いているモノが鬼だというのなら、

どうして俺たちを襲ってこないんです? 松風もいるのに……」

 

「喰うのもやり方があってな。

じわじわ恐怖を与えてから喰うのさ。

そもそも人間ってのは生きたいって思う執念と、

死んだって思う絶望とどっちもあるだろう? 

それを絶望一辺倒にしちまおうって話しさ。

なんでそんな面倒くさいことするのかわからんが、

その方がうまいんだろうな、きっと。

調理みたいなもんなんだろ」

 

「襲ってこないのはそれだけではない。

私の中の大精霊を恐れているんだ。

いや……大精霊というよりは竜だな。

竜が西へ渡る過程で殲滅させたから、

ビビって出てこれないんだと」

 

「それも脳内に響いているのか?」

 

 梅麻呂の問いにキシュナは口角をあげた。

どこか自分自身を皮肉っているような笑みだった。

 

「彼らの声は常に脳髄に響いているよ。

途切れることなくずっと、

五体分の思考が私の脳を揺らしている。

ずっと痛い。体も頭も」

 

「ルークスを封じた意味はないわけか?」

 

「いや、意味はある。壊れていくはしから

痛みを感じる暇も無く治されているようだからな。

彼女のおかげで肉体的な外傷も痛みも、もうないよ。

 

 これは精神にくる痛みだ。

なんというかな……

神経に直接攻撃を加えられているような……

頭痛の時にさ、脳ミソに直接

刃を突き立てられているような痛みとかないか? 

あんな感じなんだよ。封じた直後が特にひどい」

 

「アルボルのときの……」

 

 春の呟きにキシュナは頷く。

喉が裂けても叫び続ける獣のような咆哮は、

春には想像もできぬ痛みがもたらしたものだった。

それを五体分。

それでもキシュナは歩みを止めなかった。

どこまでも強く固い意志。

 

「オリバーのことがあったから

警戒はしていたのだが……

お前たちがいてくれてよかった。

ビアンカたちが兵士に交じって控えていたんだが、

まさかあんな大樹が現れるとはな……

あれは私にも予想外だった」

 

「オリバー様のときはどうだったんです?」

 

「火炎が一瞬だけ、あがったのだと思う。

教会は聖域内を中心に、

半ば溶けるように消えていたと聞いた。

オリバーは骨も残らなかったよ。

彼がイグニスを押さえようとしてくれなかったら、

私も同じ末路を辿っていた。

 

 五大は闘争本能そのものだと言われているし

私もそう思っていたのだがな、

アクアとウェントゥスはそうでもなかった。

アルボルもあんな被害を出したが、

私の中で戦うのか隷属するのかで揺れている。

この三体にはルークスへの忠誠心のようなものも感じるのだ。

きっと竜のころの意識が、まだどこかに残っているのだろう」

 

 そしてキシュナは語る。

竜のはじまりからエデンにいたるこれまでを。

すでに日は落ちて闇の中、火を囲んで語る彼女は

神話の語り部のように春には見えた。

実際語られる内容は遠い遠い遙か太古の、

春にしてみれば神代の時代の物語だった。

 

「竜も初めは龍とともに東の地に住み暮らしていた。

だが彼らは戦を好み、争いを好み、

その姿形も、より強くあるため、より戦いを楽しむため、

戦に特化した姿をとるようになった。

それを龍は恐れた。

彼らの闘争本能が龍の地に

争いを生むかも知れないと、恐れたのだ。

 

 それで西の地に、国を興すことを許した。

体のいい追放だな。だが竜たちは従った。

そのとき戦うことではなく

癒やすことに長けた者がともについていった。

他の竜とは雰囲気がまるで違う、

柔らかな白い鱗を持った竜。

ルークスにはその血が流れている。

彼女も元を辿れば白竜なのだ」

 

 そして人間にとっては長い年月をかけて

西の地へとたどり着いた彼らから、

また新たな種が生まれた。

 

「生まれたというよりは姿を変えたというべきかな。

海底国人は変化の術を使って我々のような姿を取るだろう。

ああいうことが太古にもあったのさ。

そして今と違うのは、

そうやって姿を変えた者たちの力が

どんどん抜け落ちていったということだ。

それでもとの姿に戻れなくなった。

こういうことは龍の地でも起こっていて、

それはお前たち葦原人にいたるわけだが、竜はエデン人に至った。

 

 そして竜の場合は、

人型をとって戻れなくなった者をディアボロスから守るために、

当時のガイア王とその側近が己の力を限界にまで高めて、

ともに砂漠を渡りエデンを興したのだ。

それが大精霊の真実さ」

 

 ――はじめ世界は混沌であった。

そこから光だけが寄り集まり、

光の大精霊ルークスが生まれた。

 

 そうやって始まる物語「精霊神話」は、

ガイアの存在もろともを消し去るために創られた神話だった。

人は人の国を創るべきだからと、

ルークスと王が人のための歴史を生み出した。

竜の存在は意図的に隠された。

 

「だが伝説としては残っていた。

それが探求者《アンカー》と呼ばれる存在だ。

彼らもまた竜から派生した種ではあるが、

人間よりも力は残していた。

彼らは人間のように二足で歩くが、

顔は蛇や蜥蜴のそれであり、肌は固い鱗で覆われている。

そして時に、竜のような姿に変わる。

エデンに残る竜の残滓だ。

中には内海だけでなく

外海にまで出て行った強者もいるそうだよ」

 

「西からやってきたオルカディロス……

ゾルの船にいた島々からの乗組員……

全ては竜が祖だったんだな。

だからこんなにも似て非なる。

同じようで違うようで……

でも同じなのは全てが龍に至るから。

 

 しかし探求者とは面白い。

何を求めて砂ばかりの大地に生きるのか……というか、

砂漠地帯は人間の世界と地続きってことでいいんだよな?」

 

「どういう意味だ?」

 

「アンカーのな、

種としての経緯が似ているやつらが東にもいるのさ。

こっちは蜥蜴じゃなくて獣の姿をしているがな。

鱗じゃなくて毛を持つやつらだ。

そいつらは葦原でありながら葦原ではないという、

山だらけの不可思議な場所で暮らしている」

 

「葦原でありながら葦原ではない?」

 

「そうだ。そこは今俺たちがいる世界とは違うが、

重なり合ってはいる。やつらは山界と呼んでいたが、

俺は階層が異なるということで理解した。

エデンの建築物にゃあ背の高い、

階段でつながる家が多くあるよな? 

ああいう感じでさ、

同じ建物だけど地続きではなく、

上下に分かれている。

葦原が一階で山界が二階、てな。

 

 やつらはその中で人間のように二足で歩き、

領地を巡っていつも争っている。

野にある獣たちのように姿形は種々様々だが、

総じて毛を持つ獣たち。

そして人よりも神に近い神力を持っている。

やつらは神通力と呼んでいたが、受けた感じだと神気に近い。

とにかく人間よりは上位の力を持っている。

それを使って時に獣そのものの姿になる。

アンカーが祖である竜の姿をとるようにな。

だがその獣は野にあるソレとは違って、

恐ろしいながらもどこか神聖さがある。

葦原には神の使いとしての獣の話しも多いが、

やつらがその話しのモデルじゃないかって思わせるほどには、な」

 

 梅麻呂の物言いもそうだが、

嫌なことを思い出すときの苦しげな表情に、

春は彼の心の傷の大元を悟った。

 

「あぁ、梅さんあれですか? 

あなたそこにいたんですね。

誰もあなたと連絡が取れなくなったとき、

そこに迷いこんじゃった?」

 

「その通りです」

 

 禁域は理由があるから禁域なんだねと、

どこか遠いところに目をやってしまった梅麻呂だったが、

キシュナに容赦なく頬を叩かれて現実世界に戻ってくる。

 

「いつの間にやら境界を越えて、

猩々の一族に出会っちまったんだよ。

初めは向こうが気味悪がって帰れ帰れ言われてさ。
なんでそのとき帰らなかったのか……」

 

 毎度のことながら梅麻呂の術師の好奇心が発動した。

あれこれ聞き回っては筆をとり、

乞われて術と知識を披露すれば、

逆に猩々たちから興味を持たれてしまって、

獅子族との領地争いに引きずり込まれてしまったのだった。

ようよう隙を見つけて猩々のもとを脱出した彼は、

松風共々方々駆けずり回り、帰してくれと叫びつづけ、

二度と禁域には侵入しませんと泣きわめいていたら、

来たとき同様いつの間にやら境界を越えていて、

葦原の土を踏んでいた。

 

「それでザンキだっけ? 君の先輩の。

彼に見つかったときにアレって思ったのよ。

年食い過ぎてねってさ。

決定打が姫若様よ。

俺が山界で過ごした年月と、

葦原が過ごした年月が違っていたと、

天子様を目の当たりにして気づいたのさ」

 

 それが誰も彼もから若作りだと言われる理由だった。

春はなんと声をかけていいのやらわからず、

キシュナはなぜかウキウキしていた。

私一人だけ年をとらないってことか、とかなんとか

聞こえてくる。

 

「まぁそんなわけで、砂漠も山界みたいに

階層が違っているんじゃないかって思ったんだよ、俺は。

仮にそうだとしたら、砂漠地帯には

循環システムが構築されている可能性があるから」

 

「大社のような、か?」

 

「ああ。やつらの力……神通力が衰えているという話しは

ついぞ聞かなかった。かといって葦原のように

神の子みたいな存在もない。

だとすれば山界そのものが大社のように、

力を巡らせる構造になっているのかもしれない。

 

 だがだとしたら、

やつらが創ったのかという話しになる」

 

「梅麻呂は龍が創ったと思っているのか? 

天の神ではなく地の神が?」

 

「だと思う。俺は大社の禁域から山界に入ったが、

やつらには神々へ対する感情は特になかった。

俺たちが大社の神々に抱くような畏敬の念を持っていたのは、

龍に対してだった。となれば関わっているのは

大社ではなく龍じゃねぇかなあと……」

 

「……なるほど。また東か」

 

 キシュナがこぼした呟きに、

爆ぜる炎が相槌をうつ。

春はそこに彼女の澱を感じた。

底知れぬ場所で熾火となって燃え続ける、

キシュナの怒りを。

 

 話しは終いだとふてくされるようにして、

キシュナは一人炎に背を向け横になってしまった。

春は梅麻呂と目を見交わしたが、

どちらからも言葉が出てくることはなく、

梅麻呂は筆を走らせ、春は腕を枕に目を閉じた。

 

 容易に寝付けぬ春の、

瞼の裏に浮かび上がるのは玉衝たちと囲んだ火。

彼女たちに宿っていた怒りの炎。

春のどこかで警笛が鳴る。

 

 キシュナの覚悟のその裏で、その奥底で、

怒りの炎が燃えている。

それこそが、彼女の核ではないのかと、

それこそが彼女に覚悟を決めさせたのではないのかと、

闇の中で不安が蠢く。

玉衝たちの最後が離れぬ。

 

 鬼どもが与える恐怖の波か、

春自身から湧き出てくる恐怖の波か。

わからぬままに春は意識を手放した。

 

 

 

  

 

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