卯月書庫

卯月書庫 ―Hero's Life2―

マンガ・小説・etc.の読書解釈文ブログ

【天地の間】承 ―12

 

 キシュナとフェルナンドが膝をつき合わせて

考え抜いた行程は、まず王都を出て南西へ。

土の騎士教会を有するアルゴン州へと向かい、

北回りに一周するルートだった。

この道のりで行けば土、火、水、風、木と巡ることになり、

旅程の初めにキシュナの同窓である

ビアンカとオリバーに世話になることができる。

彼らから当主へ、当主から他の五家へ、

キシュナの来訪と目的を伝えてもらい、

聖堂への入室許諾をスムーズに受け取れるとふんだのだ。

この作戦は成功した。

 

 結論からいってしまえば、やはり

テッラとアクアからは何も得られるものはなかった。

土の大精霊の名のとおり、テッラの口は固く閉ざされ

龍の名にも微動だにせず。

アクアはアクアで聞いているのかいないのか、

水が一方向に流れ落ちていくように、

キシュナの言葉は流された。無論答える声はない。

 

 しかし何一つ収穫がなかったわけではない。

特に最初に訪れたテッラの騎士教会では、

ビアンカから在野の研究の一端を知ることができた。

 

「もう立つのか?」

 

 預けていた馬の背に荷物をくくりつけているところへ

彼女はやってきた。連絡は取り合っていたものの、

次期当主として休暇中は社交の場に顔を出したり、

視察に出たりで、キシュナは会えないものと思っていたが、

隙をみて見送りに来てくれたらしい。

 

「テッラに会うのが目的だったからな。

なんやかんや捕まる前にトンズラするよ。

お前もこのまま抜け出して、一緒にいくか?」

 

「いいなぁそれ……と言いたいところだが、

私にも義務がある。今回は諦めるよ」

 

 お手上げとばかりに軽く両手を挙げるビアンカに、

キシュナも頷き返す。土産をおくるのなんのと軽口をたたきつつ、

テッラに変化が見られたら教えてくれと頼んだ。

ビアンカにはオリバー同様、自分があの惨劇に

囚われていることを知られている。

今回の来訪が龍に関する知識を求めてのことだ

ということも、彼女は知っていた。

テッラとの対面のさいに当主が同席していたのも

ビアンカが口添えしてのことだろう。

万が一を考えて。当主が必ず制御できるように。

 

「ついでに良き人脈ができたら紹介してくれ。

導師でなくてもかまわない。私はもう、

知識だけを集めていくことにしたんだ。

何が龍につながるか、わからんからな」

 

「それなら一つ。

お前にとって面白いかどうかわからないが、

うちはほら、土と種の研究が盛んだろ? 

またいくつかの食物種で改良に成功したんだが、

これが薬学方面で役立つらしい。

いよいよ人間に試すってんで、許可もらいにな、

先日面会に来たよ。父上が対応してたけど、

まぁまずは土の教区教会でってことになった。

時間があったらよってみな。そんで報告よこしてくれ。

一つ視察の手間が省ける」

 

 にやりとビアンカから突き出された拳を

キシュナは掌で払いのけた。

その提案は受け入れられないの意思表示だ。

 

「そっちが本音だろ。行ってみたいが、フェルナンドがな……」

 

 キシュナがちらりと振り返る。

離れて作業をしていたフェルナンドが寄り道を察知したのか、

しきりにバツ印を作って何かを叫んでいた。

そんな時間ありませんからとかなんとか。

 

「しかし薬効とは面白い。トマトで風邪が治るってことか?」

 

「イメージはそんな感じだな、トマトじゃないけど。

民間療法でさ、風邪のときにはこれ食べるとか、

頭痛のときにはこれを飲むとかあるじゃん。

あれを証明できるような種ができたって感じだな」

 

「なるほどな。そういう方面に導師の力は及ばないからな」

 

「折れた骨は治せても、病は治せないからな」

 

 大精霊の戦闘本能は彼らの聖気を糧に生まれる眷属精霊たちにも

当然のように受け継がれている。よって彼らに浄化の力はない。

属性物を自らの手足のように操る力は、

あくまでも戦闘のためのもの。

自らの強さを示す。そのための力なのだ。

だからこそ人間が制御しなければならない。

人間が眷属の力を制御し操って、

土砂を除き運河を引き、怪我を癒やし……

人々のための力に変えなければならない。

制御を誤れば彼らは容易に牙をむく。自らの本能を満たすために。

 

 旅立つ用意が完了したとフェルナンドが告げにきて、

二人は軽く別れを交わした。州都を出るまでは馬の背には乗らず、

手綱を引いて人混みの中を歩いて行く。

手にたくさんの荷物を抱え、忙しげに駆けていく若者がいて、

買い物を忘れて立ち話に興じる女性たちがいて、

その周りを走り回る子どもたちがいて、

商売に精を出す男たちがいて、肉の焼ける匂いを辿れば、

ジョッキを抱えて歌い踊る大人たちがいる。

 

 彼らはみな「見えない」ただ人だ。

導師は誰しも腰からスクロールを下げている。

それが見える者と見えない者の境界だ。

喧噪の中から時折じろりと見られている視線を感じる。

振り返れば視線はどこにもなく、

語り合う大人たちの姿が見えるだけ。

その会話が自分のことだと思うのは、

自意識過剰だからというわけではない。

 

 ざらりと口に苦みが広がっていく。

視線を気にしすぎたかと、柄にもないと反省したキシュナだったが、

苦みの原因はそれではないようだった。

歩みを進めるにつれ、独特の渋い匂いが鼻の奥を突いてくる。

店からあふれ出した薬草たちが香りの正体だった。

 

 薬草店の前には母親らしき女性が嫌がる子どもと格闘中だった。

ちらりと覗いた店の中にも客が何人かいて、

店主と思しき男性が棚のなから薬草を採りだし

すり鉢の中に入れているのが見えた。

 

 ビアンカが言うように、

導師には傷を癒やすことはできても、

病を癒やすことはできない。

苦しめている源が見えるか見えないか。

これは「治す」上ではかなり重要な要素だった。

比較的おとなしい光や花の眷属精霊ですら、

浄化ではなく戦闘の力を有している。

スティンキラの封じで負った火傷が痕も残らず治ったのも、

芳しい香りで痛みが遠のいたのも、

人間が痛みの元を、治すべき箇所を的確に把握したうえで、

そうなるように制御したからにすぎない。

外見は治せても中身は治せない。

「見えない」分野は「見えない」者たちの領域だった。

導師とただ人の棲み分けは着実に進んでいる。

そこに騎士団も、名を連ねかけていた。

 

 州都の北門を抜け街道にでる。

門を守備する兵士の中に、いくつか

初々しい顔が見えるものの、新人導師の姿はない。

 

 騎士団、とくに王都や州都を守る警邏隊は

導師とただ人との混成軍として編成される。

それとは別に州軍には独立の部隊が設置されており、

采配のしやすさから、軍学を出た導師たちは州軍へ

優先して配属されるようになっている。

それが警邏に先任している導師たちの負担と不満を募らせ、

かといって州軍から助っ人を送れば州軍からの負担と不満が募っていく。

かつては花形だった騎士団への入隊も、

今の導師たちには第二、第三の選択肢になっている。

軍学への入学を希望した者は、キシュナの世代でも半数以下で、

導術院卒業生のほとんどは神学校への道を選択していった。

 

 その選択に、ただ人との間で明確に変わっていく

境界が影響していることを、

キシュナはなんとはなしに感じていた。

 

「イグニスの騎士団も同じようなものです。

警邏隊に導師の入隊はなし。州軍はいく分ましですが、

導師の確保はどこの軍でも懸念事項の筆頭になっています。

そのうち軍隊から導師が消えるかもしれない。

まぁまだ遠い未来の話でしょう……が!」

 

 キシュナの振るう剣がはじかれる。

手の中からも弾かれる恥は耐えたが、

つづく剣戟を避けることはできず、オリバーの剣先が首筋に触れた。

舌打ち混じりに「もう一勝負」と告げるキシュナに、

オリバーは頷くでもなく彼女の首筋から剣を退けた。

キシュナは傾いだ体を真っ直ぐに、

腰を落として剣先をオリバーに向け構える。

対してオリバーの剣先は天を突くように掲げられ、

キシュナが動くのを待っている。

 

 アグオンからルベドへの道は予定通りすすみ、

フェルナンドとミーナが宿を見つけてくる間、

キシュナはオリバーとの稽古に打ち込んでいた。

軽く汗を流すつもりが存外真剣になっている自分がいた。

 

 再度、二人の剣が交差する。

 

「物語に謳われるような華々しさが、騎士団には必要だろうが……

しかし、ただ人ではそうでもないのに、

導師だけが忌避するようになってるよな。

理由はなんだと思う?」

 

 打ち合いの合間を縫って言葉が交わされる。

問いかけとは裏腹に、たたきつけるように

彼女から剣戟が繰り出される。

それを軽々と払いのけ躱しながら、

その淡々とした様同様にオリバーは答えた。

 

「聖力持ちの出生率の減少。それにともなうただ人の感情の変化。

それを敏感に、必要以上に感じ取っているから……だ! と思われます」

 

 キシュナも、同じように感じていた。

 

「見える」者は隔離され守られる。

全寮制の導術院で、家に帰れる休暇は少なく、

十五で卒業するまでの大半を「見える」者たちの中で暮らす。

それは同時に「見えない」者が「見える」者と触れる機会がない、

ということでもある。

 

 故に恐れと尊敬が入り交じる奇妙な視線、奇妙な感覚が、

彼らと導師が交わるときに現れる。

この国では「見える」ことのほうが、異端になりつつあるのだ。

精霊神話が根強く人々の精神の中枢にある限り、

導師が排除されることはないだろうが、

時代が変わり価値が変わればどうなるか。

 

 そのわずかに漂う不穏な空気を

察知しているのかもしれない。

あるいは勝手に想像しているのか。

 

「うってかわって司祭の人気は半端ないしな。

誰も彼も「見える」者の中に留まり続けたい……と……

願っているのかもしれん……そう考えると、

導術院の制度も問題があるのかも……な!」

 

 司祭になれるのは導師だけ。

だからこそ余計にその道を選ぶのかもしれない。

 

 導術院を卒業した者には二つの選択肢が用意されている。

一つはキシュナのように、

軍人あるいは研究者を目指して軍学に入る道。

もう一つは神学校へと進学し、

聖職者として教会の中で日々の努めを果たす道だ。

 

 一度ハタから見てみれば、

不穏な空気など流れてはいないと思える。

それはただ単に導師たちが

勝手に生み出しているにすぎないのかもしれない。

聖力減少という情報から勝手に先を想像し、

勝手に恐れを抱いているにすぎない。

排除されるかもしれないと。

 

 ありもしない未来をあるかもしれない未来に変えて。

今ではなく先を思考に落とし込んで。

勝手に恐怖し勝手に排除される未来を

描いているにすぎないのだ。

 

 あまりにも「違い」が、厳然と目の前にあるから。

見えてしまうから。だから恐怖する。

勝手に想像する。してしまう。

 

「唯一の希望は研究職に就きたい者が

毎年一定数いるってことですか……

希望者は軍学に通うのが通例ですが――神術を学べるので――

神学卒業者の中からも、似たような輩がでてくるそうで。

精霊神話研究や聖力・聖気の知識に関しては

軍学組も舌を巻く知識量だそうですよ。

司祭職だけじゃなく、研究職を今後設けようかって話も出てるくらいで」

 

 キシュナの脳内に、一瞬火花が散る。

何かに気づいたその隙をオリバーは逃さず、

再びキシュナの首筋に剣先が据えられた。

しかし今度の彼女に悔しさの色はなく、

オリバーの剣を弾く様子もない。

 

「そうか……聖力から探る道もあるのか……」

 

 どこか遠くを彷徨っているかのように

キシュナの目が表情が据わっていく。

その様にオリバーの背筋を汗が伝ったか、

自ら剣先を退けキシュナから一歩二歩、

距離をとるように後退した。

それにキシュナは気づかない。

剣はだらりと下がり、目は地の一点を見つめて、

瞳に映るのは暗黒の中の光だけ。

 

 灯台もと暗しとはまさにこのこと。

今まで葦原のことばかりに目がいきすぎていて、

自らの力や伝承を紐解くことをしてこなかった。

ルークスが明確に葦原を指したということは

エデンや海底国や永世中立島にはない何かを、

彼の国は持っているということだ。

葦原から一旦離れることで、

それが浮き彫りになるのかもしれない。

 

 一人没我の海に潜っていくキシュナを浮上させたのは、

宿探しから戻ってきたフェルナンドだった。

 

「はいはいはいはい、キシュナ様そこまでです。

オリバー様が困ってらっしゃいますよ。戻っていらっしゃい」

 

 リズミカルな手拍子がキシュナを現実世界に呼び戻す。

 

「あとその顔恐いから一人のときにやってください」

 

 呆れたように言うフェルナンドの言葉が、

本気なのか軽口なのか、キシュナは判断がつかずに

頬を膨らませるだけに止めた。

 

「別に恐くはなかろうが」

 

「いやいや。暗殺者ばりの目の据わり方でしたよ。

正直話しかけたくもないです。がんばった私に拍手ください」

 

 今度は軽口だとわかったキシュナがなにをと応じる中、

稽古の終わりを察したオリバーが剣を鞘に収めて二人の間に割って入った。

 

「では参りましょうか。

叔父上からは私が供をせよと言いつかっておりますので」

 

 その後の恐怖をキシュナは鮮明に覚えている。

 

 オリバーに案内されて入った聖堂で、

ただ一言「龍」と言っただけで、

火の大精霊イグニスの戦闘本能は爆発した。

 

 聖堂中央、炎の泉は火柱にかわり、

ドームの天井にまで一息に達する。

その轟音と熱波はスティンキラの比ではない。

 

壁にいくつもかけられた燭台の蝋がみるまに溶けて

白い塊になっていく。その熱量の中でキシュナの頭に木霊したのは、

戦闘への渇望、戦えと願い脅し吠える雄叫び。

 

 怒りなんかじゃない。恐怖なんかじゃない。喜びなんかじゃない。

そんな、感情ごときものはない。

戦うこと。

それこそが己であると信じて疑わぬ、

確信の叫びだった。

 

 ――戦え! 戦え! 戦え! 戦え! 私と戦え!

 

 

 イグニスは龍との戦闘を望んでいる。
キシュナにわかったのはそれだけだった。

 

それで、十分だった。

 

 駆けつけた当主の怒声は耳に入らず、

キシュナの目に焼き付いたのはイグニスと対峙する彼の姿。

無様に震える自分とは違う、堂々とした立ち姿。

腰に佩いた剣を抜き放ち、イグニスに見せつけるように

眼前へと掲げ、眼光鋭く睨み付ける。

その剣は、イグニスが当主を、アイザックを己が主と認めた証。

 

 ――お前は私を主と認めた。その覚悟に背くのか。

 

 飛沫をあげる水のように、

火柱が崩れ落ちてもとの炎の泉に戻った。

雄叫びをあげていたのが信じられぬほどに、

イグニスは落ち着きを取り戻した。

その様は、しぶしぶと、つまらなそうに足を組み

空を見上げているように、キシュナは感じた。

同時に己の無力さを痛感する。

静まりかえった聖堂の中で、痛いほどに胸は軋んだ。

 

 アイザックに連れられ入った彼の部屋で、

三人はこってり絞られるも、

キシュナの拳から流れる一筋の血に気づいて、

彼の声は幾分和らいだものになった。

 

「まぁなんだ。今回の件は何も

あなたのせいとばかりも言えないのだよ。

あの惨劇以来、イグニスは時々昂ぶりをみせるようになった」

 

「しかしあなたの手を煩わせてしまった。私は無様に震えていただけ」

 

「それは仕方が無い。あなたはイグニスの主ではないのだから」

 

 そして彼が教えてくれたのは、

惨劇を受けた三家では未だ秘密裏に、

龍について調べているということだった。

「惨劇は当家の問題」として事を荒立てないと

それぞれに決着をつけたが、それは表向きのこと。

 

 特に木の大精霊アルボルを擁するカルデイロ家は、

内海と接するヴェルディ州が本拠地とあって、

永世中立島の研究者たちとのパイプが太い。

彼らの協力のもと集めた情報がいくつか

保持されているということだった。

 

 それからのアクアは言わずもがな。

惨劇を受けた三家の一つ、シャリエ家では

当主と面会が適わなかったが、

アイザックから知らせが届いていたのか、

龍の言葉には反応しないと言づてを受けた。

ただ気になるのは、

惨劇以来ウェントゥスの様子に翳りが見えるということだった。

そしてそれは木の大精霊アルボルも同じだった。

 

「八年前の惨劇以来、アルボルはどこか意気消沈した様子で。

それ以前に感じていた、優しくもあるが恐ろしくもある

――畏怖と形容すべきでしょうか――

そのような感覚を受けるようなことは、もうありません。

なにか、自分を責めているように感じます」

 

 キシュナも同じように感じた。

 

 当主とともに対峙したアルボルは、

膝を抱えて自らの殻に閉じこもっているように見える。

とてつもない恥を感じているような、

そのために自らを責め立てているような。

龍の言葉に一切の反応はなかったが、

それがキシュナには、自らを押さえつけているかのように感じて、

イグニスに感じたのとはまた別の恐ろしさに背筋を凍らせた。

蓋を閉める力が負けたとき、一体何があふれ出すのか。

それは底の知れない闇をのぞき見るような、

鳩尾を抉ってくる恐怖だった。

 

「海底国には二種の血があることをご存じですか?」

 

 カルロスの部屋へと通されて、

彼がキシュナに放った第一声がそれだった。

海底国にも龍神伝承とつながる伝説があることを知っていたから、

キシュナは別段懐疑するでもなく知っていると答えた。

 

「龍魚とオルカディロスだろ? 

今は血が混じって見目の違いはなくなりつつあると聞いたが、

そうでもないのか?」

 

「平民階層ではその通りですが、

貴族の間では未だ血に則った姿を保つことに

価値が置かれていますから、大分異なっています。

龍魚系は魚に似ているそうですが、

オルカディロス系は蛇や蜥蜴の類いに似ているそうですよ。

私が出会った者はみな、神竜力――シェンクルムで

姿を私たちのように変えていましたがね。

外には外の流儀がある。

ところで、なぜ見目が異なっているのか、おわかりですか?」

 

「海底国の伝承をみるかぎり、

東からきたか西からきたかで違うようだな」

 

「そうです。ルーツがそれぞれ違うのです。

龍魚は東からやってきて、

オルカディロスは西からやってきました。

系統が完全に異なるのです。

そしてオルカディロスの見目は

砂漠地帯の伝説と関連があると思われます」

 

 ヴェルディ州をずっと南にくだっていくと行き当たる砂の大地。

深い深い森を抜けると見えてくる黄金の輝きを、

キシュナはおとぎ話の中でしか知らない。

そこは未だ未開の土地だった。

 

「砂漠には自らを探求者《アンカー》と呼ぶ者たちがいる、と。

その姿は蛇だったり蜥蜴だったり……

とにかく見目が人間のそれとはまるで違い、

肌も皮ではなく鱗状だといいます。

私たちのように二足で歩くが、顔かたちは蛇のそれ。

砂漠の中にも緑や水がふんだんにある場所があって、

彼らはそこで旅人を助けてくれると」

 

 そんなおとぎ話を幼いころに読んだような気がする。

オリバーの言葉に自らの足下を初めて意識したときのように、

キシュナの中でまた別の点が輝き始める。

過去に出会った物語たちが、彼女の心の中で光を帯び始める。

 

「砂漠を越えて戻ってきた者はいまだおりません。

越えられずに引き返してきた者が伝説を伝えてきました。

あの砂の大地の最果てに何があるのか。

我々は知ることができておりませんが、一つの推測を立てました」

 

 カルロスの指が一本、キシュナの前に突き出される。

彼の瞳が興奮でギラギラと輝いている。

キシュナの瞳も同じように、知を求める好奇心でギラついていた。

 

「龍には、西と東それぞれにルーツがあるのではないかと。

そこで我々は西ルーツを仮に「竜」と名付け、

こちらをドラゴンとよび、こちらを」

 

 空中に「龍」の一字が描かれる。

 

「ロンとよんで、二種を区別して考えることにしました。

島内には今、海底国から探りをいれてもらっていますが、

私のほうではなんとか砂漠を越える手立てはないかと思案中です。

そのうちに越えて見せますよ。

あなたにもぜひご一緒していただきたいですね」

 

「それは……こちらからお願いしたいくらいですよ、カルロス殿」

 

 二人の間で固い握手が交わされる。

 

 視点を変えれば、また別の新たな点が見えてくる。

それがもとから自分にあったとあれば、

キシュナの心は余計に知への欲求で満たされていく。

目の前に何本もの別れ道があって、

そのどれを選んでも良いというのは、なかなかに興奮した。

 

 部屋をあとにしたキシュナの、ぎらつき据わる眼差しは、

外で待っていたフェルナンドの肝を冷やさせた。

花咲き乱れる庭園の中で、春風にときめいていた胸が暗く沈んでいく。

 

「キシュナ様、それやめてって言いましたよね?」

 

「ん? なんだ? 一人だったからいいだろうが」

 

「そうですけど……そうじゃないんです」

 

 わけがわからないと眉を寄せるキシュナに、

フェルナンドは言葉が続かない。そんな彼にはかまわずに、

キシュナはカルロスとのやりとりを彼に語った。

その瞳がギラギラからキラキラに変わっていくのに、

フェルナンドの何かのセンサーが敏感に反応した。

こいつ、帰る気ないんじゃないか、と。

 

「まさか砂漠越えるとか言いませんよね?」

 

「ちょっと見に行くくらいどうだ?」

 

「その前にとってもとっても大きい森を、抜けなきゃいけないんですけど?」

 

「真っ直ぐ南に突っ切ればいいだろ?」

 

「そんな簡単な話じゃありません! 

というかもう休暇終わりますから、

とっとと帰りますよ! 王都に!」

 

 超えれなくてもいい。一目見るだけでいいのだと、

砂漠地帯に行く気満々マンのキシュナのお願いは

一顧だにされることなく却下され、

彼女はしぶしぶとフェルナンドとともに宿へと戻っていった。

彼の目を盗んで南へ馬を走らせることは、

しっかと彼女の手綱を放さぬフェルナンドによって

阻止されたのであった。

 

 

 

 

 

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