卯月書庫

卯月書庫 ―Hero's Life2―

マンガ・小説・etc.の読書解釈文ブログ

【天地の間】承 ―4

 

 全ての民が神力をもつ葦原とは違って、

エデンでは聖力を持つ、いわゆる、

精霊の姿が見える者は全エデン人の半数にすぎない。

それどころか見える子どもが生まれる確率は

微々たる数値ではあるものの、年々減少傾向にあった。

 

 そこで王国は力の維持と古来より培われてきた導術の維持及び研鑽のために、

見える子どもたちを一所に集め、力とそれを用いた聖導術、

そして精霊について学べる機関を創りあげた。

それがキシュナたちが通う導術院《アルス》だ。

 

 力の確認がとれると同時に初等部へと入学し、

十二の年までただひたすらに、

身の内に流れる聖力を意識し放出するための訓練が行われる。

その間、王の教会《レークス・エクエーシア》や

五つの騎士教会《エクエス・エクエーシア》の聖域を巡りながら、

多くの眷属精霊たちと触れあい――封じの意志させ持たなければ

眷属精霊は無害そのもので、軽いいたずらはされても

死を招くような攻撃を受けることはない――

聖力という目に見えぬ力の感覚を鋭敏にしていくのだ。

 

 そして初等部卒業と同時に知るのが自らの力の属性。すなわち

「土《テッラ》・木《アルボル》・水《アクア》・

風《ウェントゥス》・火《イグニス》」の五大精霊の力と

「光《ルークス》・花《フロース》」という光の大精霊の力。

そのどれに自分は属するのかを知るのである。

それによってもっとも相性の良い眷属精霊を知り、

将来五家に属するのか王に属するのかが、半ば決まるのである。

 

 

 五大精霊の力に属するものはそのまま中等部へと持ち上がりになるが、

光の力を持つ者は中等部特別科へと入学することになる。

その名のとおり、導術の知識に加えて、持ち上がりにはない、

ヒーリングの知識、薬の作り方のほか、

徹底した礼儀作法を学ぶ特別な課目が用意されているのだ。

 

 これを聞いてキシュナは心底、自身が火属性であったことを喜んだ。

礼儀作法などに時間をとられてはたまったものではない。

あらん限りの知識を吸収し、それを実践できるだけの力をつける。

キシュナが望むのはそれだけだ。

そのための時間はいくらあっても足りない。

そして葦原を、龍を知るための時間も。

 

「聞いたぞキシュナ、ぶっ倒れたんだって?」

 

「何情報だそれは? 倒れたんじゃなくて、強制的に眠らされたんだ。

寮に着く頃には目覚めていたがな。テッラ組は今帰りか?」

 

 座学が終わり教室を出たところで、

実習帰りのビアンカ・バルツァーと鉢合わせた。

何かとキシュナをライバル視しキシュナもキシュナで、

敵なしの学園内で唯一負けたくないと思う相手だ。

良い意味では互いを高め合う仲であり、

悪い意味では何にでも食ってかかる間柄だった。

 

「ああ。こっちは全員、何かしらの精霊を封じられたよ。

ちなみに私は二等級と三等級」

 

 これみよがしにスクロールを広げて見せてくる。

バルツァー分家の出でありながら、次代当主の筆頭候補と目されるだけあって、

ビアンカの導術の腕前も聖力も、キシュナに勝るとも劣らない。

 

 そんなビアンカに対してキシュナは勝ち誇ったような笑みを浮かべて答えた。

 

「私のは一等級だ」

 

 スキンティラのせいで補習になった生徒がいることは一切合切無視をして、

キシュナもスクロールを開いて見せる。

ビアンカは一瞬グッとつまったものの、すぐに切り返した。

 

「でも私は倒れてないし怪我もしてない。ピンピンでご帰還さ」

 

「だから、私は、倒れてなどいないと」

 

「でも怪我したろ?」

 

「したけれども! あれは熱波が」

 

「それを防ぐのも術のうちさ。等級では私の負けだが、

数と怪我を差し引いたら、今回は引き分けってところかな?」

 

「勝手に結論を出すな。結局封じた精霊を制御できるかできないかだろ? 

まぁ私は問題なくできるが」

 

「一等級をか? なら今、試してみるか?」

 

 バチバチと飛び交う火花が見えるような、凄絶な笑みを互いに浮かべて、

その場はまさに一触即発。多くの生徒が行き交う廊下だというのに、

今にも召喚術をかまそうとする二人に、周囲の者たちは……

怯えて逃げるどころかいつものことと大半がスルー。

ノリの良い者たちがやんやと囃し立て、

観戦チケットを売り出す強者まで現れる始末。

しかしそのチケットが売れることはなかった。

 

「やめい」

 

 唐突に二人に向かって繰り出されたドロップキックが見事命中し、

キシュナもビアンカも短い悲鳴を上げて床を転げ回る。

顔をあげた先に二人が見たのは、オリバーの眉間に浮かぶ青筋だった。

 

「キシュナ様、絶対安静って言われてましたよね? 

なにバトルかまそうとしてるんですか。

さっさとスクロールをしまいなさい。お前もだ、ビアンカ

 

「いや、絶対安静の奴にドロップキックかますか、ふつう……」

 

 よたよたと立ち上がる二人に、

しっかりきっちり睨みをきかせるオリバー。

彼のおかげで乱闘騒ぎは起きなさそうだと、

囃し立てていた者たちはさっさと解散し、

チケットを売ろうとした者はブーイングを投げかけて

背負い投げの憂き目に遭った。

 

だいだいビアンカ、お前フェルナンド殿が来たことを伝えるために、

キシュナ様のもとに来たのではなかったのか?」

 

「……寝落ちしたとかいじらないわけにはいかないじゃん?」

 

「ちょっと待て! フェルナンドが来ているのか?」

 

 キシュナの目の色が変わる。

嬉々とした、心躍るものを目の前にした子どものように、

表情までキラキラと輝きだした。

 

「帰りの馬車降りて、ばったりな。また大荷物抱えてたぞ。

いくらお前付きの近衛だからって、

あんまりこき使って……っておい、まだ話してる途中だろうが!」

 

 ビアンカの忠告など知るかとばかりに走り出したキシュナに向かって、

 

「火傷したのばれないようにしなよ。あの人めちゃくちゃ心配するんだから」

 

 と投げかけられた言葉も聞いているのかいないのか、

ひらひらと手を振って返して、

キシュナは一目散に来客用の応接室を目指す。

 

「フェルナンド! 今回の収穫は何だ?」

 

 走ってきた勢いそのまま、蹴り破るような勢いで開け放った扉の先に、

大量の本を前にして優雅にお茶をたしなむフェルナンドの姿があった。

近衛の純白の制服が、ガラス窓からの日の光を受けて、眩しく輝いている。

 

 しかしそれよりも眩しい輝きがキシュナの身の内から溢れていた。

テーブルいっぱいに広げられた書物たちにむしゃぼりつくように飛びかかる

……前に、猫のように首根っこを捕まえられた。

 

「それよりもまず、キシュナ様。また無茶をなさいましたね?」

 

 眉尻には怒りを讃えて、口元には笑みを忘れず。

常に自信満々、何者にでも立ち向かっていくキシュナが唯一恐れるもの。

それがフェルナンドのこの笑顔だった。

 

「……してないぞ」

「私の目を見ておっしゃい」

 

 目を合わさないという精一杯の抵抗も空しく、

頬を挟み込まれて強制的に向き合うことになる。

ビアンカの奴、忠告したフリしてこいつに教えたんじゃなかろうかという

疑心暗鬼に囚われつつも、ここは素直に謝ることにした。それが一番早い。

 

「フェルナンドがダメだと言ってた一等級と目を合わせました。

すみませんでした。やれるかも衝動を抑えられませんでした。

二度とやりませんごめんなさい」

 

「よろしい。二度とやりませんは信じませんけどね」

 

 フェルナンドの笑顔が優しいものへと変わる。

キシュナの頬と首根っこから彼の手は離れ、

安堵してソファにへたり込んだ彼女に、

書物の山から取り出した一冊の本とも呼べぬ冊子を手渡した。

 

「島の研究員がまとめたものです。

海底国の龍神神話と葦原の西岸地域

――主に河川域に伝わる龍神伝承を照らし合わせた結果、

無視できぬ共通項があると。しかも情報源は葦原の神術師です」

 

「神術師が? 島には一人も残っていないのではなかったか?」

 

「海の民を介して連絡はとり続けているとのことです。

ただ見張りがいて直接会うことは困難だそうですが……」

 

 その術師に会いたいとキシュナが言い出す前に、フェルナンドが先手を打つ。

それに気づいているのかいないのか、はたまたどうでもいいのか。

キシュナの目も脳も、報告書を読み理解するのに忙しく、返事は上の空だ。

 

「ギルベルト様にも同じものが渡っております」

 

 しかし兄の名には過敏に反応した。

報告書から顔をあげ、フェルナンドを睨み付ける。

 

「ちなみに、ギルベルト様のご判断で、国王陛下にはお見せしておりません。

報告も不要と仰せつかりました」

 

「何が言いたい?」

 

「陛下もあなたの兄上様も、葦原に龍はいなかったと報告を受けてから……

いえ、受ける前から、葦原にも龍にもこだわっておられません。

あれは自国の問題であると、聖力の研鑽に一層力を注いでおられます。

囚われているのはキシュナ様、あなたお一人だけ」

 

「そんなことは言われずともわかっている!」

 

 怒鳴るように返して、報告書を机にたたきつけた。

その音で、自らを取り戻したキシュナははっとして、

すまないと一言うつむいた。

 

「そんなことは……兄上に幾度となく言われている。

葦原に執着しているのを見られる度に言われるのだ。

あれは葦原にもどうしようもなかったのだと。

兄上は――父上もだろうが――もっと高みから物事をみているようだ。

昔からな。私には見えぬ何かを兄上は見ている。

だが私は、その目をもつことができない。

葦原に龍がいないことを私はまだ納得できていない」

 

 うつむいた先の書物たち。

フェルナンドに頼み、永世中立島の研究員を頼み、

神力について神術について、神について神の子について、

そしてなにより龍について。情報を収集し続けているが、

未だ「龍とは何か」がわからない。

 

「この報告書の通り、龍の伝承が残るのは葦原だけではない。

海底国にもあるんだぞ。なのになぜルークスは葦原のみを指した? 

なぜ海底国ではなく、葦原に何かを感知したんだ? 

私にはそれが重要なことに思えてならない」

 

 目を移す窓の先。その遙か向こう側。東の異国で何が起きたのか。

 

「この怒りに終止符を打つためにはな、納得できる何かが、私には必要なんだよ」

 

 キシュナの怒りは澱のように絶えず沈殿していく。彼女が知るそのときまで。

 

 

 

 

 

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