卯月書庫

卯月書庫 ―Hero's Life2―

マンガ・小説・etc.の読書解釈文ブログ

【天地の間】承 ―5

 

「それじゃあ、蒼波様は龍魚の民とともに

東の東のそのまた東からやってきて、

海底国を囲むように連なる蒼龍山になったってわけだな」

 

「ええ。そして蒼波様がいなければ、

龍魚とオルカディロスが互いに手を取り合って

国を創ることはなかっただろうと言われています。

とかくヒトというものは、目に見える違いで争いがち、ですからね」

 

「違いない」

 

 にやりと返した梅麻呂の瞳にはしかし、知的な光が宿っている。

長いこと異国人と関わり合ってきたがゆえの知識の光だ。

今も彼は故郷である葦原を飛び出して、既知の海の民のもと、

彼らの伝手を借りてまた別の国の人間と向き合っている。

目の前の青年は梅麻呂と大して違わぬ姿をしているが、その実彼は海底国人。

海に戻り変化の術を解けば、足はたくさんの鱗をもつヒレとなり、

目鼻立ちの整った顔は、魚のような蛇のような、互いの特徴を備えた顔になる。

その姿で地上に現れれば、見慣れぬ人間たちには悪鬼のように映るだろう。

とはいえ、それでは呼吸もままならないが。

 

「蒼龍山についてはこんな話もありますよ。

蒼波様が海底の脅威から民を守るためにその姿を山と成したのは、

東の祖国で山となり民を守った龍がいたからだと。それが炎龍山。

その龍は赤く燃えたぎる鱗をもった龍なんだそうです」

 

「なるほど。蒼波様は帰らず、自身を山にしたのか……」

 

 何かを得たのか、梅麻呂は急いで青年の話を手にした紙の束に書き付けていく。

所狭しと文字が書かれたメモは何が何やら、端からみている青年には

「それ、後でみて分かるのかな」と疑問がよぎる。

その表情の何を勘違いしたのか、

梅麻呂が先ほどの言葉の補足として書く手を止めずに続けた。

 

「葦原にも龍の名がつく山があってな。

そのまま龍山って呼んでんだけど、数ある龍神伝承の中でも

「龍山の向こうへ帰っていきました」つって終わるのが多いんだ。

蒼波様は東の東のそのまた東からきた。その祖国には龍が姿を変えた山がある。

そして龍山はまさしく龍が空を駆ける姿に見えるからその名になった。

そんでさらにその山は、葦原の東に連なっている……とくりゃあ……

葦原の河川域に伝わる伝承は、蒼波様の物語と繋がっているとみていいだろうな……」

 

 言いながら梅麻呂の視線はまたしても手元の書き付けに戻り、

途中からは自分自身に聞かせるように声のトーンも下がり、

最後は青年を置いてきぼりにして一人の世界に没頭してしまった。

 

 部屋には梅麻呂が走らせる筆の音が響き、時折

「やっぱ龍山越えなきゃかぁ?」とか

「その前に海底国にいっぺん行っといたほうが」とか

ブツブツつぶやき唸る声が聞こえるだけ。

完全に置いてきぼりをくってしまった青年は、

手持ち無沙汰に梅麻呂のメモに視線をやったり

――判別不能すぎて逆に感心してしまった――

行商用の商売道具を整理したり、船を揺らす波音を聞くともなしに聞いたりと、

梅麻呂が一人の世界から戻ってくるのを待ってみたが、その気配はまったくない。

ならば暇を告げようかと逡巡する彼を助けたのは、

盆を片手にやってきた族長チャオミン・カムラだった。

 

「ウメ、ミゲルが今月の分、よこしてきたよ」

 

 入り口の珠暖簾を賑やかに揺らして入ってきた彼女は、

威勢良く青年と梅麻呂の間にあぐらをかくと、

盆に乗った質素な巾着を梅麻呂の方へ放り、

美しい刺繍が施された巾着を青年のほうへ手渡した。

 

「迷惑かけたなサーラン。こいつの相手は疲れたろう? 

余計な手間取らせた分、多めに入れてあるから、またよろしくな」

 

「あのぉ、その多めに入れた分って、もしかしなくても俺の懐からとかですかね?」

 

 青年の顔が輝いたのとは対照的に、

巾着の中身を確認していた梅麻呂の表情は暗い。

いつもよりも軽かった理由はもしかしてと、恐る恐る探りを入れてみれば、

チャオミンにさも当然のように頷かれた。

 

「お前の話し相手になったんだから、お前のとこから取るのが筋だろ」

「……そうですね」

 

 どれくらい抜かれたのか恐ろしくはあるが、

それよりもまず今月生きていけるのかと、

龍にかわって数字たちが梅麻呂の脳内をめまぐるしく回転させていた。

無理とわかれば恥を忍んでサーランに返してもらう他はない。

 

 真潮の怒りを買ってから早七年。

龍について調べ続ける代償に、彼は術師としての地位も職も失った。

そのことに、一切の後悔はない。

 

 永世中立島退去ののち、

朝廷が聖導師との接触を一切禁じてきたことで、いずれこうなると覚悟は決めていた。

自身の生活よりもヨランダたちとの繋がりを、はなから彼は選んでいたのだ。

そして覚悟の理由はもう一つある。

 

 彼自身龍について調べるうちに、

研究者としての好奇心を大いに揺さぶる可能性に行き当たったのだ。

曰く、

 

 ――俺たちの力のルーツは、龍にあるのかもしれない、と。

 

 葦原人が持つ神力と呼ばれる力。

神を見、神の子を見、友となし、符や剣を媒介として放出できる力。

これは神より授けられた力として解釈されてきた。

しかし、神力が「火・水・樹・花」の四属性に大別できることから、

これを疑う方が術師たちの定説であり、

だからといって解決できぬ難問でもあった。

それに答えが出せるかも知れない。

 

 術院はヨランダたちと連絡を取り続けていること、

そのために貴重な研究成果がエデンに漏れたことを理由に、

梅麻呂を解雇した。表向きには。

 

 その実、術院にとっては研究成果が他に漏れるなどどうでもいい。

それによって新たな成果や疑問の種が芽吹くことの方が、

彼らにとっては重要だからだ。

だが、禁止事項を犯したことが軍や朝廷にばれてしまっては

解雇せざるをえない。だからそれを利用することにした。

 

 術院をやめさせることで行動の自由を生み出し、

龍についての研究に専念させたのだ。

冬吾がつなぎ役となり、梅麻呂の発見をもとに術院で研究をする。

その結果を梅麻呂が受けてヨランダに報告。

彼女たちの研究結果を受けて、冬吾に渡す。

軍にも国にもばれていない、術院独自の海の民とのルートを使って、

ひとまずうまいこと回っていた。

 

「多分いける。大丈夫。生きていける、たぶん。

ミゲルに怒られなくても大丈夫。タブン」

 

 脳内計算を終えた梅麻呂がブツブツつぶやく。

術院がおおっぴらに支援できないぶん、

ヨランダたち永世中立島に残っている聖導師が彼の生活面での面倒をみていた。

カムラ族に預けられる巾着の中には毎月の生活費である金の粒が入っている。

 

「お前をつけてる奴のことだけど、見張りは何も見ていないし、

兄弟船からも報告はなかった。海に出る前に捲けたか、

海に出る方法がなかったんだろうよ」

 

 多分ばかりの梅麻呂に呆れながら、

でも甘やかすと調子に乗るからそのままにして、

チャオミンが梅麻呂の別の不安を断ち切るようにいった。

最近になって、自分をつけましているやつがいると梅麻呂、というよりは

松風が反応していた。そのため親船に乗り込む前に、

カムラ族との繋がりがばれていないか調べるよう頼んだのだ。

それは、カムラ族との関係をつかまれていた場合、

追跡していた者を殺す、ということも含まれている。

 

「そうか。面倒をかけ……まさかその分も取ってないだろうな?」

 

「そこまでがめつかないよ。

というか、お前をつけているやつなんて本当にいるのかい? 

海に出られないなら、軍人じゃないだろう?」

 

 術師と仲が悪い……わけではないが、

一方的に毛嫌いしている彼らが術院を怪しんで

梅麻呂を監視対象にする可能性はあった。

しかしそうであれば、海上戦力をもち、

海の民との繋がりもある西華軍が何かしら通達を送るはずだ。

だがチャオミンのもとにそれらしき知らせは届いていない。

 

「それがさ、まさかまさかの忌み子かもしれないんだよ。

神の子の姿も気配も、まったく感じねぇんだ。

それで逆に松風が不審に思った。人の気配がするけど神の子がいないってさ」

 

「イミゴ……は、アジメラのことか?」

 

「そう、混血児な。海の民と同じで、神力をまったく持たぬ者のことだ。

葦原じゃあ災禍をもたらすといわれていてな。

見つかったら即殺されるから、山に隠れ住んだり

葦原中を転々として逃げ回っているんだと。

俺もお目にかかったことはないが、最近気になる噂があってな。

姫若様が子飼いの者を組織したらしいんだが、それが忌み子だって話だ」

 

「何? おまえ、皇子殿下に探られるようなことをしでかしたのか?」

 

「するかよ多分! ていうかどれが該当するかわかんねぇよ。心当たり多すぎだよ」

 

「全然安心できない答えをどうもありがとう。

だがもし、皇子殿下ともめ事など起こしてたら、

二度と船には乗せないからな。

すべての部族にも知らせて、徹底的に危険を回避するからな」

 

「つ、冷たい! 俺とチャオミンちゃんの仲じゃないの。

十何年って仲良くつるんできたじゃんか。かくまってよ!」

 

「ヤダ」

 

 たったの一言しか返されず、梅麻呂は泣いた。

とはいえ、もし本当に姫若に目をつけられているのなら、

チャオミンは梅麻呂のために永世中立島まで船を走らせてくれることを知っている。

だから茶番はここまでにして、

海底国人との接触を望んだもうひとつの理由を果たすことにした。

 

「まぁなんだ、いざというときは信じているぜチャオミン」

 

「はいはい」

 

「サーランも、忙しいとこ話を聞かせてくれてありがとうな。

すんごい助かったぜついでにもうひとつ、

お願いしたいことがあるんだが……

グラーナジェインが少しばかり欲しいんだが、どこで交渉したらいい?」

 

 梅麻呂の感謝に笑顔を返すサーランだったが、

自国の特産品である宝石の名に彼の顔は一変、商売人のそれになる。

 

「グラーナジェインですか? それなら私も取り扱っておりますよ。

粒の大きさや光の反射具合によって、値段は大分違ってきますが……」

 

 言いながら彼は首から提げた鍵を取り出すと、

たくさんの引き出しがついた背負い箱を

なにやらゴチャゴチャといじくりはじめた。

しばらくしてカチリという小気味よい音とともに引き出しが一つ、

彼の手の上に現れる。梅麻呂の前に差し出された引き出しの中には、

真っ赤に燃える炎のような色をした、

大小様々に加工された宝石が詰まっていた。

 

 サーランに促されて梅麻呂が中でも小さな粒を一つ手に取ってみる。

葦原では炎紫龍石とも呼ばれるそれを陽光に翳してみれば、

赤色の中に透き通るような紫色が現れた。

 

 素人が見てもわかる。これ、高いやつ。間違いなく高いやつ。

 

「あの、俺、今月これで生活していかなきゃならないんだけど……」

 

 巾着袋の中身を見せながら言うも、

サーランから商人の顔が消えることはなかった。

 

「大丈夫ですよ。分割払もお受けできますから」

 

 鍵盤をたたくように、そろばんの珠がはじかれる。

 ――ミゲルに手紙を書こう。

 恥もプライドも怒られる恐怖も、飢えの前ではクソ食らえである。

 

 

 

 

 

 

 

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